この度、CBDなどのカンナビノイドを含む商品における新規制(令和6年12月12日に「大麻取締法及び麻薬及び向精神薬取締法の一部を改正する法律」の一部が施行されます)が厚労省より交付されました。
大麻由来成分を取り扱い、商品製造販売する際のTHCリスクとその対応策を知っていただくためにこの記事を書いています。
1. 大麻由来成分を取り扱うリスク
新規制の内容は、麻薬及び向精神薬取締法で規制されている違法成分「Δ9-THC」を規定値以下のものだけ、流通を認めるというものです。
商品の形状ごとに分類があり「%」で示されています。
こちらの記事でも詳しく触れています。
仮に自社が製造した製品から上限値よりも多いΔ9-THCが検出された場合に、麻薬及び向精神薬取締法違反となり、商品の回収(リコール)が発生してしまうリスクがあります。
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・ステークホルダーへの説明
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・商品の回収や破棄
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・代替品の配送
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・ブランドイメージの低下
などの悪影響を踏まえ、商品の製造者と販売者の間で事前に取り決めをした上で、できるだけリスクを減らして、商品を販売する必要があります。
2. 一般的なTHCの除去工程
CBD原料を取り扱うにあたって、原料メーカーがどのように商品を製造して、そのリスクを減らしているかについて解説します。
THCの除去工程は大きく分けて2つです。
2-1. クロマトグラフィーによる精製
精製とはTHC を分離し、その化学的完全性を維持しながら濃度を法定または望ましいレベルまで下げるプロセスです。
メリット
・プロセスで熱をほとんど使用しない
・レアカンナビノイドやテルペンが保存される
・アントラージュ効果によりバイオアベイラビリティが向上する
・正確にTHC濃度のコントロールができる
デメリット
・高コスト
・専門知識を必要とする複雑なプロセス
・時間がかかる
・抽出したい製品のロスによる収量の低下
2-2. CBNへの分解
製造業者の多くが採用している一般的な方法は、クルードオイルを高温にさらすことで THC を CBN やその他の化合物に変換することです。
メリット
・安価で費用対効果の高いプロセス
・変換したCBNも利用できる
・プロセスの習得と実装が簡単
デメリット
・CBN以外にも未知の化合物を生成する
・製品の保存期間が短くなる
・熱に長時間さらす必要がある
・他のカンナビノイドの劣化と損失につながる
・テルペンがすべて失われる
これらの両方の工程を経て、ヘンプからCBDを抽出する際にTHCを取り除きます。
日本の規制に準拠した原料にするために、工程を繰り返し行うことで作業工数や製造時のロスの増加により、原料価格が高くなる場合があります。
これらの方法でTHCを除去できれば問題ないのではと考える方が多いと思います。
こうした原料を使う前提でも、発生が予想されるリスクについて解説していきます。
3. 成分分析結果の誤差
新規制の内容に沿って原料を製造できたかどうかを確かめるのに成分分析にかける際、想定しておいた方が良いリスクは「分析誤差」です。
カンナビノイドを溶媒に溶かして抽出し、リキッドクロマトグラフィー(LC)やガスクロマトグラフィー(GC)で成分を分離します。そして、検出器(DAD、FID、UV、MS)でどのカンナビノイドがどのくらい入っているかを検出します。
この検査の結果、以下のようにΔ9-THCやΔ9-THCAなどの違法成分が検出されなければ合法的に販売できる商品とみなすことができます。
3-1. 分析工程で発生する分析誤差
しかし、ここで課題になるのは分析結果に誤差が生じるということです。つまり「同一製品を複数回計測すると異なる数値が出る」ということです。
一般的に大きな差異は生じませんが、低PPMで微量成分を測定する際には、わずかな差異が発生する可能性があります。分析機関であるAnrescoの話ではLC-MS/MSで誤差は10%、HPLC-DADは5%くらいだそうです。
これは例えば5.0ppmという結果が出た時に、4.5ppm〜5.5ppmの間で検査結果がブレる可能性があるということです。
そのため以下のような検査方法を取っているそうです。
この手法により、計測結果の変動を最小限に抑え、より信頼性の高い結果を提供しています。
3-2. 検査機関による分析誤差
ラボによって検査結果には差があることが多いです。弊社で同じ水溶性CBD原料を複数のラボで検査した結果、以下の差が出ました。
Δ9-THCについては約60ppmほど検査結果が異なっています。
ラボによって抽出、分離、検出などの検査工程が異なるため、結果には差があることがあります。ラボは統一すると経年変化を見る上では、比較がしやすいと思います。
また、複数のラボで上限値を下回る結果になるとより安心です。
3-3. 商品により発生する分析誤差
特に最終製品の場合は、含まれるCBD原料が均等に撹拌されていない場合など、提出するサンプルによって含有量に差が出るため、結果が異なる場合もあります。
CBDアイソレートなど、99%以上がCBDなどの原料の場合は、どこから採取しても同じ濃度のサンプルになる可能性が高いため、分析誤差は少ないです。
これらを踏まえて、商品に使用する原料の濃度などを考える必要があります。
4. CBDからTHCへの変換リスク
こちらは厚労省がカンナビノイドの化学的性質についてまとめた資料です。
想定しておいた方が良いリスクは「CBDのTHCへの変換」です。これは法改正における論点としてこれまでも議論されてきました。
厚労省が参照している論文をいくつか紹介します。
4-1. 加熱条件下の変換
CBDの変性に関して、2つの論文を参照していますが、THCの生成の有無について意見が分かれています。
4-2. 酸性条件下の変換
以下の論文が出ており、Δ9-THC、Δ8-THCへの変換が示されています。
厚労省としてはこれらの論文を引用し、加熱や酸性条件下ではCBDからTHCへの変性が見込まれる可能性があると考えているようです。
一方で、筆者が「麻(ヘンプ)の活用に関する臨時勉強会」に筆者が参加した際に、厚労省医薬局・監視指導麻薬対策課の課長より「通常の環境ではCBDがTHCに変化する可能性は極めて低いと想定している」と回答がありました。
4-3. 成分分析、生体内、保管時の変換
しかし、以下の論文では様々な環境でCBDが∆7-THC、∆8-THC、∆9-THC、∆10-THC、∆11-THC、iso-THCに変換する可能性について述べています。
4-4. 温度、光、酸素が変換に与える影響
以下の論文では、温度、光、酸素によってCBDがどのくらいの期間、分解されずに残存するか、安定性を計測した保存試験の結果を考察しています。
5. リスクへの対応策
これまでの研究をまとめると以下のようになります。
・分析結果には誤差がある(LC-MS/MS 10%、HPLC-DAD 5%)
・加熱条件下ではΔ9-THCAが脱炭酸でΔ9-THCに変化する
・CBDは180-270日が経つと温度、光、酸素の影響で分解が始まる
・新たな生成物は複数あり、Δ9-THC、Δ8-THCのみではない
・Δ9-THCの分解速度はCBDよりも速く大量のΔ9-THC が製品に含まれることは予想されない
商品を製造販売する際には、何に気をつければ良いのでしょうか。対応策について説明をしていきます。
5-1. 分析誤差をふまえた商品企画
厚労省は油脂や粉末を10ppm、水溶液を0.1ppm、その他を1ppmという上限値を設けています。
分析の結果、Δ9-THCが上限値以内でも、再びテストした際に分析誤差によって超えてしまう可能性があります。そのため、誤差をあらかじめ計算しても、上限値を超えない濃度で商品を設計することが求められます。
複数の検査機関で上限値を超えない結果が出るとより安心できます。
5-2. 高温での加工や分析を避ける
通常原料の製造課程でΔ9-THCAは脱炭酸工程を経るため、殆ど原料に残っていないとされます。もしごく微量に残っている場合、104°C〜115°Cくらいから脱炭酸されΔ9-THCAがΔ9-THCに変わります。温度がより高い場合は反応の速度が早まります。そのため商品製造時にできるだけ高温にしない方が無難です。
また、高温で加工する場合は、成分分析書を見てΔ9-THCAだけでなく、Δ9-THCAも十分に値が低いことを確認して原料を使用することが重要です。
GCなど高温になるような分析機器の使用はできるだけ避けて、LCで分析をするとよいです。
5-3. 保管環境の工夫
原料の保管温度として常温(15-25°C)もしくはより涼しいところで保存するとCBDの分解・変換リスクを抑えられます。
また、直射日光を避けて未開封の状態で空気に触れず保存することも重要です。
5-4. 経時変化の確認と賞味期限設定
180-270日ほどでCBDが分解される研究もあることから、製造した商品の成分分析をし直して、CBDの減衰や分解生成物がないか経時変化を見ていくと品質を保てる期間が分かります。
そして、そのくらいの期間に賞味期限の設定をすると安心です。
5-5. 品質保証の範囲を決める
・原料のCOAを元に商品化する
・最終製品でのCOAを確認してから販売する
・販売後も経時変化を見るためにCOAを取る
・複数のラボでCOAを取る
など、成分検査による品質確認をどのくらいの精度や頻度で誰が行うかなど、責任範囲を決めておくとよいです。
そうすると、仮に問題が起こっても、製造者や販売者の間でトラブルにならずに迅速に対応ができると思います。
5-6. 特定できる販売先にのみ販売する
店舗などで販売する場合は不特定多数の人への販売になるため、何か問題が起こった時に連絡をする手段がありません。そのため、公知情報としてリコール(回収)の案内をする必要が出てきます。
一方で販売先を特定できていれば、リコール(回収)の案内は限定的になります。公知情報にする必要はなく、ブランドイメージの低下を最小限に留めることができます。そのため、店舗ではなくECから販売を始めるのも1つの手ではあると思います。